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ブログジャーナリズムの限界と可能性

2007/07/21 08:58

 

一昨日、トランスコスモスデジタルマーケティングフォーラムに行ってまいりました。

当日は満員御礼で競合他社はお断りしたそうですが、なぜ学生の僕がキップをいただけたのでしょうか。
それと彼らにとって広告代理店は客なのか敵なのか。
いろいろ疑問は残ります。

中身はと言うと、神田敏晶氏の講演とあとは彼らの営業でした。
神田氏の話で印象的だったのは、
ネットはもっと利用者に親切であるべきだ。
と言う話。
どうやら資料はアップされるらしいので細かい話は割愛しますが、自身の研究に役に立つ話でした。


あと、彼らの営業も、業界のイマを知るのには参考になったのですが、菓子折りを貰って帰ってきて申し訳ないのですがどうしても二つだけ言いたい!

専門用語や横文字、略語を使いすぎだと言うこと。
・・・僕も一応勉強してるから頑張って理解できたけど、非常にわかりにくい!お客様にわかりやすいように商品を紹介するのは商売人の基本ではないのだろうか…

全部最適化かオプティマイゼーションで逃げている。
・・・はいりは今のネット活用は適当過ぎる、と言って始まるわりに結論も適当。



みたいな感じでした。
きっとデジタルマーケティングのプロ集団ですからこのブログもピックアップされることでしょう。
ご参考になさってください。




さて、ここからが本題。
前置きが長くて申し訳ないです。羽織を脱ぎます。

まず最近体験した話を2つ。

僕がアルバイトしているコンビニに強盗が入りました。
どこのお店かは言えません。

それで当事者じゃないのですが、同僚のバイトが店名をあげてブログに書きました。
そしたら店名でググると出てきてしまって、彼にはお店から削除依頼がいきました。(命令ではないです。)
彼は驚くと同時に謝罪し、削除しました。


もう一つの話はこのブログの話→http://suzutsuki.iza.ne.jp/blog/entry/237601/

夕刊フジの記者がヤンキースに怒られたって話です。
イザ!上で産経の傷に塩をぬるのもなんですからそこらへんはツァーっと流しますが、これって結構ニュースバリューがある話だと思うんですよね。

でもがんばって検索しても上述の涼月さんのブログと、もうひとつやっぱりブログ
(http://d.hatena.ne.jp/taku_007/20070719#p1)しか見つからないんですよね。
つまり日本のマスメディアはどこも全く伝えていないと言うことですね(21日8時現在)。




で、これら二つの出来事から考えるとブログがジャーナリズムを補完するかという疑問の答えが見えてくると思うんですよ。

つまり、コンビニの件で、僕も含め同僚や関係者は誰よりも濃い情報、つまり特ダネをつかんでいたわけです。
でも公表するべきではなかった。
なぜならば普段お世話になっているバイト先に迷惑がかかるからです。

刑事訴訟法で民間人の現行犯逮捕が認められていても、目の前の暴力に立ち向かい悪を阻止することができるでしょうか。。。
それは勇気のいることで、万人にできることではないでしょう。
その勇気を産むのが使命感であり、その使命感を産むのは職業だと思います。
だから警察官は悪に立ち向かうと言う大変勇気のいることができるのです。


事実を公表することが、すべての人にとって有益ではないことはあります。
ですからジャーナリズムも同じことが言えて、自分はジャーナリストだと言う職業的な使命感がなければ、なかなか事実を公表することは難しいのではないでしょうか?
それは諸悪の根源であり、不正の温床だと言われるかもしれませんが、現実はコンビニの一件が物語っているような気がします。



そして夕刊フジ記者の件。
これはブログの本文にアメリカのヤフーニュースがリンクされているように、涼月さんと、taku_007さんはきっと英語が堪能な方でアメリカのニュースでたまたま発見されたのでしょう。
それをどの日本のマスコミも発表していないうちに、日本人がわかりやすい形で、かつ、誰でも見ることができるブログに上げていることには価値を感じます。



この2つの間にブログジャーナリズムの限界があるような気がしました。

つまり情報伝達メディアとしてブログは非常にジャーナリズムに貢献している一面があるが、それでも一次的な事実を発信する職能集団としてのジャーナリストは絶対的に必要だと言うことです。

しかし「必要=ずっとちゃんとオマンマがいただける」と言う等式が成り立たなそうなところに現代の問題はあるのですが・・・・

カテゴリ: IT  > インターネット    フォルダ: ネット

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【訂正版】大学生でもわかる税金講座

2007/07/13 08:28

 


こんにちは。
まだまだ勉強不足でして、前回のブログにかなりのウソがありましたので訂正します。

参考にされた方ごめんなさい。

一番間違っているのは

>>
それは50万以上の控除額(税金免除額)を不意にすることだったのです。

>>つまり20歳の子を持つ親は割りといい収入があり、それなりに税金を納めています。
その納めなくてはならない額が50万以上だったとき、それは家計にとってマルマル50万の損失を意味しています。


と言うところ。
ここでは控除額がそのまま家計の損失と書いてありますが、これは大きな間違いでした。
本当は


親の収入 - 控除額 =税金の対象額

ですから、税金を決定する収入のうちの対象額が変わるだけなのです。

つまり、親の収入が多ければ多いほど控除額の影響と言うのは微々たるものとなり、結果として出てくる税金は大きなものではありません。
(こんな複雑な話ですので額を出すことは不可能ですが、専門の人に聞いたところ一般家庭では多くても5万(年間)いかないのでは?と言うお話です。)


と言うわけで、晴れて103万の壁はだいぶ低くなりました



でもまだ落とし穴が・・・・

もし親が会社員だった場合給料とは別に、22歳以下の子を持つ人を対象に扶養手当を貰っています。

その会社の規定は様々だと思いますが、その子の収入が103万を超えると、扶養家族ではなくなる場合が考えられ、そうなるとその扶養手当がもらえなくなるのです。

これはやはり決まってはいませんが、年間数十万ある場合もあり、そこがアキレス腱になるのです。


と言うわけで、結論としては

・親が会社員の人は103万に抑えるようにしたほうがよい。

・親が自営業の人は103万を超えても大きな影響はない。

・103万を超えた場合は勤労学生控除の手続きをすれば所得税はかからない。

・103万を超えると住民税が必要。

・130万を超えると勤労学生控除をしていても所得税がかかる。(130万を超えた額の8%)

・130万を超えると、親と同一の健康保険証が認められなくなり、個別での加入が必要。


と、なります。

これを前回同様まとめると、

130万以上稼ぐ→いろいろめんどくさい。かなりお金がかかる。おそらく学業が破綻する。

103万から130万稼ぐ→親が会社員だと103万から27万余分に稼いだ代わりに、4万ほど引かれ、さらに家計で見ると27万とかそれ以上の額引かれる

が、親が扶養手当もらってなければ特に問題はない。それでも住民税は準備をしなければいけない。

どちらにせよ勤労学生控除は必要

103万→無難


となるのです。

またこれは全然信憑性のない話としてですが、22歳の人は親が会社員であっても、今年度の子の収入が影響する来年度は、いずれ扶養手当は支給されないので、扶養手当損失は考えなくてもいい???とも考えることができますよね??


また、この記事、また前の記事による税金の増加をはじめとする経済的損失には責任がとれませんので、働くみなさんはこれは参考までとして、個々人で親や事業主と相談していただきたいと思います。

カテゴリ: その他  > メモ    フォルダ: 指定なし

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大学生でもわかる税金講座

2007/06/27 20:00

 



僕は学生ですので、バイトをしています。
バイトとは言え、仕事ですので責任感を持ってしっかりやります。

風邪を引いてもよっぽどじゃないかぎりがんばります。
眠くてもがんばります。

しかしそんながんばりにも落とし穴があったのです。

それは税金でした。

親がいて扶養対象になっている23歳未満の学生(ちゃんと学校に行っていて、申請すれば24歳とかでも大丈夫らしい)は年収(1月~12月)103万以上稼ぐと扶養の対象外になります。

自立しているようでいいじゃないかと思うかもしれませんが、
それは50万以上の控除額(税金免除額)を不意にすることだったのです。

つまり20歳の子を持つ親は割りといい収入があり、それなりに税金を納めています。
その納めなくてはならない額が50万以上だったとき、それは家計にとってマルマル50万の損失を意味しています。


頑張り屋さんなアルバイターは
「150万以上稼げばいいじゃん」
と思うかもしれません。

しかしそこにも落とし穴。

学生でも130万以上かせいでしまうと、所得税が必要になります。
まぁそれは130万を超えた額の8%ですので、150万でも1万6千円と、まぁリーズナボゥ。

しかしさらに健康保険を自分専用で入らなければなりません。
病院行くときに出すやつです。
入るのにはお金がかかりますね。(額までは調べませんでした)
そしてそれ以上にメンドクサイ!!!!

これは避けたいですよね。
大体学生で150万って並大抵じゃないし。


ちなみに親子喧嘩かなんかして、
家計なんて知ったこっちゃねぇ!
と言う方のために103万~130万の世界はどんなか書きます。

130万までは国が認める学校(大学や専門学校のこと。マイナーな学校なら登録されてるか調べる必要あり)に通っている学生ならば、通常の給与所得控除+基礎控除に加えて、勤労学生控除と言うものがあるので、所得税はかかりません。
例の8%はなしです。

しかし住民税がかかります。
これはケースバイケースらしく、額は明示されてないのですが、4万程度とか。




と言うわけでまとめてみると、


130万以上稼ぐ→いろいろめんどくさい。かなりお金がかかる。おそらく学業が破綻する。

103万から130万稼ぐ→個人的にはかなりうれしいが、103万から27万余分に稼いだ代わりに、4万ほど引かれ、さらに家計で見ると50万近く引かれる

103万→無難





と言うことで、僕は50万-27万の23万の損失を回避するため、シフトが埋まらなければタダ働きをして、下半期を過ごす予定ですorz

カテゴリ: マネー・経済  > 金融    フォルダ: 日記

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バベルショックの真相の妄想

2007/05/02 06:35

 


バベルを見た観客点滅映像で吐き気。


まぁ確かにあれは「マトリックスレボリューションズ」を超える点滅だった。
しかし気になるのは世界各国で上映されているにも限らず、この現象は日本だけという話(1日、「めざましテレビ」より)

日本人は虹彩は茶色か黒の人ばかりだから光には強いのではなかろうか…
だいたいR-12指定なんだから点滅映像に弱いとされる子どもはいないはずなのに、だ。

だから僕はこの現象が光の点滅のためだけによるものとは思えない。
日本人にとって映画の内容そのものがショッキングだったからだと思う。

この映画は割と投げっぱなしの映画なので受け手によってそのメッセージの解釈は大きく異なると思うが、僕は、未知の他者に対して愛することのできない人間と言う生きものへの憐みが伝わった。


人間だれしも知らない人間は怖い。
知ると相手を愛するようになる。
愛する人間を持つ人は知らない人から自分を守ろうとする。
そして愛する人を守ろうとする。


この防衛本能の成せる悲しいサイクルが、バベルの塔崩壊以来の悲劇を生み続けてきた。
そのことを映像化するとあの映画になるのだと思った。

日本人は島国だから、割と他者に関して寛容ではない文化を持っていると思う。

江戸の人々は尊異論と言う思想を持っていたようだが、果たしてどうなのだろうか…
江戸の城下町と言う狭いコミュニティでは「郷に入りては郷に従え」の考えで成り立つと思う。
逆に言えば、同じような人ばかりだったから300年間続いたのではないだろうか。

話が脱線してしまったが、実際に自分の生活を思い返してみてほしい。
たとえば電車に乗っていてちょっと自分と違う雰囲気の人に敵意を生むことはないだろうか。
敵意まではいかなくても、警戒しているはずだ。

同じ言葉をしゃべる同じような人ばかりの国だから、まるで秘境の部族のコミュニティのように自分とは違う人に対して厳しい。
そんな国だからこそ、この映画の内容はショッキングなものだ。
僕は点滅映像よりも日本人の、そして人間の悪しき通念をダイレクトに指摘されたことで気分が悪くなったのではないかと思う。


はっきり言ってバベルは万人受けする映画ではない。

みんながみんなおもしろいと言って帰るとは言い難い。

しかし日本人は見るべき映画だと思う。

その点で、ここまで話題にさせた代理店、メディアは偉い。

話題になった分このネガティブなニュースも話題になっているが、臆さずに見に行こう。

せっかくこの映画の舞台のひとつはこの日本なんだから。
(しかもあまり“なんちゃって日本”感はない)

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コーラ広告にみるブランド構築のための功罪

2007/04/21 05:27

 

ペプシネックスの広告が好評だ。
福山雅治妻夫木聡沢尻エリカが「あれよりこれ」と言う典型的な比較広告である。

産経新聞でもCMコラムに紹介されていた。
CM総合研究所(そんな研究所ぜひ入りたい!)代表、関根建男氏によれば、
「飾らずに、堂々と商品魅力をPRするペプシネックスには、反感を超えて、共感と好感が集中するのでは」
とのこと。



なるほどなるほど。
あまり自分をはっきりアピールしない日本社会で、逆に自分を思いっきり売り出すことで、カリスマ性を発揮するのだろう。
斯く言う僕もつい買ってしまった(笑)



多くの人にとってこのCMはエリカ様が一番印象に残っているのではないだろうか。
次にマシャ、最後に
ブッキーといったところか。
それは単に僕が男であると言う以上の理由が隠されていて、まさにそこにこのCMが好評価を受ける(CM研究所も見抜けなかった)理由が隠されているのだ。



我が師、小林保彦によれば広告コミュニケーションには2つの種類がある。
ひとつは「手をさしのべるコミュニケーション」。
もうひとつは「惹きつけるコミュニケーション」。
この2つを広告コミュニケーションの2類型と呼ぶ。
(このことについて深く知りたい方は
「広告、もうひとつの科学。」参照のこと)

そして大衆の最大公約数に愛されるにはこのどちらかに特化しなければならないのである。
明石家さんまが歌ったり、倖田來未がニッコリするコカコーラのCMで、あなたの友達とフレンドリーな前者のコミュニケーションを行っているコカコーラに対して、ペプシコーラは外国人に浜辺で躍らせるなど、惹きつける、カッコつけ屋なイメージ戦略をとってきた。
(はるか昔までさかのぼればペプシマンというキャラもいたが。ゲーム化までした彼は今考えると、クロスメディア、ブランデットエンターテイメントのはしりだったのかもしれない…)
簡単に言えばホットかクールかの話。



CMでつけたイメージはブランドイメージと重なることで、その力が増幅し、ブランド力となる。
そしてその増幅装置となったのが今回のCM。
ペプシのイメージ×広告の内容×エリカ様
この三者が見事に同じ「惹きつけるコミュニケーション」と言う属性を持つものだったことで、その影響力は倍倍ゲームのように増幅し、消費者につきささるのだ。



逆に言うとブッキーとかは手を差し伸べるコミュニケーターであるため、このCMではあまり目立たない。
笑顔で
♪ガスパッチョと言っているほうが深く残る。
マシャは人によって印象が違うのでどちらでもない。
僕はマシャについてブランドプリズム型(多様な受け手の要望に応えて企業の主張や商品内容を様々な角度で、的確に応えるコミュニケーション)の最たる芸能人だと思っている。
それが影響しているのだろう。



そしてこのペプシ人気に焦ったのかコカコーラも新たに広告キャンペーンを打ってきた。
新商品
ゼロカロリーコーラのCMだ。
しかしこのCMがよろしくない。



ペプシを意識しすぎたのか、これがカッコよく作ってしまったのだ。
このコミュニケーションの2類型の特徴として、どちらかに特化しなければ魅力は半減すると言うことがある。
商品イメージと広告イメージに差があることでブランドイメージを低下させるのだ。
このコカコーラのCMはそうなりかねない危険性を持っている。
ゼロカロリーコーラの売り上げと、このCMの行く末に注目だ。




いかんせん、ブランドの構築において近視眼的な利益を追ってコミュニケーションをコロコロ変えることはご法度だということだ。


※赤字はリンクなので見てねw

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時代の寵児の弔事の弔辞

2007/03/17 13:43

 


先に書きますと、僕はホリエモン擁護論者です。

別に事件について詳しく調査したわけではないので単なる天邪鬼なだけとも言えますが、でもやっぱりこうもマスコミ各社が一方的な論調で来られると、生理的にそれを受け流したくなるものです。

僕は彼の犯した罪は風説の流布でも証取法違反でもなく、“日本人の価値観を変える”未遂罪だったのだと思います。

日本は資本主義国家とは言え、各産業界は「空気を読む」経営を強いられます。
暗黙のルールと言うやつです。
堀江さんはそれがルールブックに書いてないことをいいことに自由に経済活動をした。
新規参入による権力バランスの崩壊も厭わずマスコミを買収しようとした。
お金があれば何でもできると若者に説いた。

それが彼の問われている罪の本質だと思います。
某識者からは睨まれていても論調を弱めなかったのも一因だという話も聞きました。
良くも悪くも「空気を読む」ことをしなかったのが悪かったのです。

ですから、実際の罪状とは全然違う罪で判決を受けてるのですから、当然彼は反省しません。
あたりまえです。

とまぁ、全部妄想でして、僕は大手マスコミでもなんでもないので事実認定もしていません。


マスコミ各社の実に一方的な報道の中、関連ニュースでリンクしてあるイザ編集部のこういうちょっと斜めから見て「必死だなw」的なトピックは好きです。
もっと馬鹿にした過激な論調だったらもっといいと思いますが、さすがに難しいか(笑)


ウダウダ独り言を言ってきましたが、これだけは言いたい。

ライブドアを恨みます。株式投資する老後の楽しみを奪われた」79歳男性(17日付けエクスプレスより)

貴方の言い分はちょっと違うんじゃないかなぁ…
そしてなんでこれを記事の頭にのせるんだろう…

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トルティーヤがなければケーキを食べればいいじゃない?

2007/02/15 09:06

 



最近
VDFを作っている株式会社ユーズの染谷ゆみさんという方のお手伝いをしています。

VDFとはヴェジタブル ディーゼル フューエルの略。

てんぷら油の廃油を加工しすることで、ディーゼル燃料として使える燃料のことです。

てんぷらを揚げたあとの油が燃料になるってすごくないですか?
しかもディーゼル車ならクルマにはいっさい改造はいらず、ディーゼル燃料とVDFを混ぜてもいっさい問題ありません。
しかもリッター105円で今だとディーゼルより安い!?

そんなすごい
VDFは染谷さんの染谷商店と言う墨田区の油屋さんが世界ではじめて開発したのです。
商標も持っています。
(ですのでほんとは®をつけないといけません)
そしてそして、割とメジャーなBDFバイオディーゼルフューエル)についても同じく、ユーズの商標です!!!


その染谷さんに、VDFや次世代燃料について話を聞いたところ
バイオエタノールも優れてはいるが、あれは食料となるものを使うため、これから人口増加に伴う食糧難も懸念される時代には不向き。その点VDFなら使った後の捨てるしかないものが燃料になるのだから、もっともエコロジーなんだ。」
という話を聞いていました。

そこでこのニュースです。
エタノールをガソリンに混ぜて使うことが環境配慮の点で注目されているため、その原料であるトウモロコシの値があがり、トルティーヤが主食のメキシコの人たちが困っているのです。

先日、環境問題について考える国会議員の連盟である
GLOBE JAPANのシンポジウムに染谷さんがVDFについて発表を行うということで参加しましたが、その場でも、バイオマス燃料として知名度では圧倒的にバイオエタノールという雰囲気で、VDFはおまけと言う感じでしたが、このニュースを見ればバイオエタノールの燃料化が孕む問題に皆さん気づくことでしょう。


先進国のエゴで発展途上国が苦しむような構図でゴリ押しできる世の中ではないと思うので、僕はさらに
VDFに傾倒したしだいです。


先進国も発展途上国も、そして環境も苦しまないで仲良くできる構図を少しずつ、しかし早急に模索していかなければならないと思いました。


あ、みなさんてんぷら油使い終わったら固めて捨てないで、株式会社ユーズに送ってくださいね。
それはエネルギーですから。

リンク:http://vdf.co.jp/u_s/

カテゴリ: 世界から  > 南北アメリカ    フォルダ: 社会環境

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一挙両悪…なぜ?

2007/01/21 15:27

 

とてもひさしぶりのブログになりました。
しばらく書かないうちに進化していることに気がつきます。
さすがベータ版。もっと使いやすくなるといいと思います。


そんなごぶさたな僕にブログを書かせた記事はこの不二家のニュースです。

食品の工場ってよっぽどお金が余ってて余裕のある企業じゃない限り、そこまで健全なことできないと思うんですよね。
僕が以前バイトしていた、お年寄り向けのお弁当業者も、ちょっと自分が食べるには厳しいなあ、なんて思うことが多々ありました。
冷凍保存していおいたずっと前の惣菜を使っていたり、お弁当箱をひっくり返したり…(←それは配達する僕が悪い)
でも弱小の個人経営では、経営するうえで、そのくらいのことはしょうがないのです。
それでは経営する資格がないと言われるかもしれないけれど、それがキレイごとだと思ってしまうんですよ…

不二家は大企業ではありますが、末端の工場では余裕などなかったと思うんですよね。
しょうがないじゃすまされないと考えるのが常識であり、そうでなくてはならないとは思いますが、それには工場がどうこうではなく、経営者の意向がなくてはどうしようもないですよね…



まぁそんなことを考えていましたが、そんな現実を裏づけるような、今朝の新聞。

なんとおわび広告が4つも載っていました。
ひとつはこのおたべ。
もうひとつはこの記事にもあるUSJ
もうひとつはベルンとか言うお菓子会社らしき会社。
もうひとつはコカコーラ。

全部食品系のリコール(?)でびっくり!
これは不二家のニュースと関連があると考えるほうが自然ですよね。

なんでなんだろう…
僕は生粋の日本人ではありますが、つくづく日本って不思議な国。
いつもどこかがつまづくとまとめてケチがつく気がする。

チェックが厳しくなるのか、
働いてる人の良心に訴えかけ、告発を誘発するのか、
はたまた賞味期限切れのものを使ってはいけないことを初めて知ったのか…

不思議です…
そしてそんな現状にすこし嫌悪感。
そういう検査、調査は話題にならなくとも、常日頃やらないといけないと思う。
そして経営者はコストカットに走りすぎてはいけないと思う。
企業経営にとって製造費のカットは一番最後にしなければいけないと改めておもいました。


あ、ちなみにやつはしはおたべよりもあんこがはいってないやつのほうが好きです。

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世界の中の日本では?

2006/10/27 02:51

 


全国の高校で必修科目の未履修が相次いでいる問題で、東京都や北海道、愛知県などでも新たに未履修の高校があることが26日判明し、計35都道県213校に上ることが各地の教育委員会の調査などで分かった。という記事から


私の高校はきちんと世界史と地理をやっていたので私は堂々と高校卒業したと言えます。

…というのも何かおかしくないだろうか。
別に世界史をやっていなくても、その時間他の勉強をさせていたわけで、学生を卒業させないなんていうほど問題なことなのだろうか。

だったらなぜ“世界”史が必要なのかきちんと説明するべきだと思う。

教育において歴史が必要だとは思う。
テクノロジーの進化はあっても人間の進化はたかが知れているので、歴史を勉強して昔の人の行動を見ることで未来もわかるようになるからだ。

しかし、それがなぜ世界なのだろうか?
日本史ではいけないのだろうか?
というか、歴史を勉強する上で国外と国内を分けていること自体、なにか違っているような気がする。

受験の試験問題のためにジャンルを細分化するメリットはあるだろうが、“教育”ということを考えると、やはり「歴史」として、国内外問わない全体視的なものが必要に思えました。


よってこの問題に関する論議はムダだと思います。
彼らは彼らできちんと勉強したのだからそれでよし。
勉強すべきはそんなルールを作り、守らせようとしている教育委員会の方々ではないだろうか。

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寛容な産経

2006/10/27 02:23

 


石田衣良氏のテレビ出演の記事より。

素朴な疑問として、なぜ産経新聞がNHKの番組を話題にしているんだろう、と素朴に思う。
と、同時にあまり局とか系列とかを気にしない、新しいスタンスに好意が持てる。
これからはこういうもっと自由な発言の場が必要だと思う。

それともこれにもなにか大人の事情があるのかなぁ…。


翻ってこの番組。
先週のR25のエッセイでも紹介されていたため知っていました。
石田衣良が一発で変換できるパソコンを持っているものとしては見なければなりません(笑)

初対面の人のパーソナリティをどこまで引き出せるか?
これはコミュニケーション能力の差と言ってしまえばそれまでなのですが、その能力を分析することができれば、たいそう立派な論文が出来るくらい奥深いものだと思います。

それと、身につけようと思って身につくものでもないような気がします。
必要なのは、「コミュニケーション能力を高めよう」というモチベーションではなく、「どうしたら相手が喜んでくれるか」を考える、おもてなしの精神であると思います。

それが結果的に相手を気持ちよくしゃべらせ、インタヴュアーとしての成功につながるのでしょう。

その点で記事を見る限り石田衣良氏のほうがその能力に長けてしまっていたのではないでしょうか?
コミュニケーション不足の若い世代に訴える番組を作れないか、と実験的に企画された番組だそうですが、アナウンサーではなく石田衣良氏を見ていたほうが勉強になるような気がしてなりません。


いずれにせよ楽しみです。




10月29日、追記

番組見ました。
3人のインタビューを30分にまとめるのはいかがなものかと思いました。
NHKなのだから切り貼りの番組ではなく、とって出しのダラダラとした番組にしても、いやむしろ、したほうが良かったと思いました。

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